斯而小人島の化物どもは旅用意して海ばたへ出て見るに海まん〱と空もイツに雲の波如何せんと思ひし所に中にも年老の化物云やうは
己は大船の帆柱の車の穴へかくれて日本へ渡らん
とそれより木の葉にてこしらへ他やうなる舟にてやう〱と波にゆられながら大船へうつり帆柱の穴の車の中へかくれて日本へぞ渡りける。
「偖やかましくてならぬぞ向に見ゆるが硫黄が島此方に霞かゝるよ見へけるは釜山海さて又あなたに見ゆるはあれてそ日本なるらめ晝は車の穴の中にかくれ夜は綱につたわりて荷物の上に出で遊びける
「船中のうさはらしに輕業とでかけやうはは面白い大和河内も見へるは〱
㢠船大坂表へ着しかば化物ども荷物にからまり陸地へ上がり先珍らしぎ日本の大阪と云所だと其處此處を見物するに偖人の大きなるに膽をつぶすそれより京から奈良のあたりへ行んと相談する
「此荷物をはうられる時につぶされさうでどうやら気味がわるいそつて下に置てれゝばよいに
「先吉野山は花の名所と聞た定めて日本の化物が居るであらう行て見やうではあるまいか日本の化物なら定きて大きいまつた物だよ
小化物ども吉野山へ來り偖玆か日本の吉野といふ所花の名所だ成程きつい櫻だと打ながめだん〱夜も更けぬれば吉野の化物出てうそ〱歩く
「是は何だ偖々少かな者かな見ればみんな己がおつかぶせだ是マア手前たちは何だ
「イヤわたくし共は小人島の化物でてざります日本へ化様の修業に來たので御座ります
「修行も何も先少さくて目にも見へぬ是々己か耳の中へ 這入つてあかをさらつて呉ぬか是はおかしい〱〱
妹山の化物芋堀坊と背山の化物背虫坊出で小化物をちよくらものにする
「兎角大きくてどうもならぬ
小化物吉野山にて大きになぶられそれより京都に來りて嵯峨の里け行玆こそ物さびしき所と其夜しばらく居るうち嵯峨の化物出けるを見るにこれ先大きうてすさまじき入道なれば小人島そはへ行
「偖其所許様は此の地の化物にてあるや
「ハヽア是は小さなものだわりやア何だ
「わたくしは小人島の者で御座りますが化物修行に参りました何卒面白き化様の御傅授を受とう御座るます
「何傅授どてるかけし人形を見る様な躰をして是はおかしい〱〱
と色々なぶりまはす
「己がにらみとべすぞ此化物奴等
「己がなめころすぞ
思入になぶられ玆にも居られずそれより箱根山へ行んと志す
「偖も大きなものだ
「どうもおらがには相手に成られぬ
夫よりそろ〱出かけ箱根山へと志し漸々駿河なる富士の裾野にぞ着ける
「偖こそ日本の名山富士の山よは是なるらん
とながめけれども中々目にも及ばず
「これはどうだ此山に住む化物ならどのやうに大きからうも知れぬ早く先へ行がよい
化物の親玉大陀法師居て富士の山にほうづゑつを見下して化化をあざける
「この山の化物此やうに大きいは話の種だ見て置けと云聲の恐ろしさ雷の落ちかゝる様なれば皆々耳をふさぎ偖こそ大きいはといち足出して逃てゆく
「富士の山とせいくらべするは己ばかりだきついか〱
「偖こそ〱
「あのやうにも大きな者があるものか
「にげろ〱
「白眼ころされてはならぬ
「偖てそ大きいわ
と皆々大陀法師を見てふるひわなゝき逃ゆく
それより三保の松原へ行ながめければ大きなる松茸の化物出ける
「汝はなんだ小さい物だな
「わたくしは小人島の化物なり
とくはしく話しける
「松茸の化物なら此方の島へも渡らしやせんのふ
松茸の化物世話して暫くとうりろさせ夫より箱根山の道すがらをよく敎へ隨分せい出して修業し給へと送てつかはしける
「貴様たちは先なりが小さいから人がこわがらぬ
「左様で御座ります
偖箱根山へ來り見るに成程物すごきさも化物も住べきと見
へければ夜の更るをぞ待居たり夜更けて深山く入ぬれば箱根山の化物出けれ
「申々其許は此山の化物にてあるや我々はかやう〱
と語りければ
「其けし人形のやうなざまで修行は出来ぬ〱
色々なぶられ腹は立ども詮方なくあやまり入て居たりける
「兎角此方には居られぬ程に國へ歸りやれ貴様達も小さくても己が仲間だぞかう云日本には居られぬ早く歸んな居る程どんな目に遇も知れぬぞ
とおどしける
箱根山にて大きになぶり者になり口惜く思へども形の小さき故詮方なく夜は化物出るものなれば晝逃にして箱根山より東は野暮と化物が無と云から東へ下る
「サア〱早く行やせう此坂は急でどうもならぬすべるまいぞ〱
斯而化物江戸へ来て見るに成程化物もなし是てそ何處ぞよき所へ這入化て見んと大きなる町家へ這入椽の下にかくれ居て其夜何でも一ト化ばけて入を取らんと待居たる
見越入道日本の女を始て見て
「偖々美くしいものかな雪のはだへには己も気があるがどうやら気味が悪ひさ
「偖も〱美麗な物だ
「是はたまらぬ〱
「あれは江戸の化物か知らぬ餘り美くしい飛だ事だ
四五人集まり酒吸物などにて當世の洒落ばなしゝて居る所へかの化物ども通に客の印籠の中又盃臺の下吹碗のふたのしたなどより現はれ出る
「何だかこまはな虫が出た
とつまんで手のひらに乘せて見たり煙草のけむりにていぶしやりする
「もゝんぐわア
「うごくな
「アイ〱
「是はよいなぐさみだ
「此奴をほしかためて根付にしませう
此化物どもゝ困り悪くしたら煙管でぶちてろされそうにて気味悪くなりける
「わたくし共はかやう〱のものなれば命は何卒お助なされて下さりませと願ふ
「願の通り命は助て遣べし色々に化て見せよそれを肴一ツ飲ん
とてなぐさみ仕舞には珍らしき物なりとて古き雛箱の明へしまひ置けるに化物ども困りける斯而小化物を箱に入て置けるを御大家よりお聞及びなされ見たき由仰に依て早速持參して御覧に入ける殿様御座敷へ御出箱のふたを取て化物共を出しけるに床の間にはくし掛物を見てにげる
「これはどうした物だ鶴ときてはかなわぬ〱
「のうおそるしや足一本では逃るに間に合ぬ
「餘の事にあるかれぬ夢では無か夢になれ〱
「ヤレこわいは〱早々にげろ〱
雪舟の畫し朝日に鶴のかけ物床の間に有しを見るより化物共ヤレおそろしや鶴にさらわれてはならぬと恐れわなゝきて何處ともなく失けるは誠につるのいとくかや
「偖々鶴がきついきらい物だそうな逃るは〱
誠に我朝は神と君との道直に千歳を祝ふ鶴のとくにて小人島の化物ども恐れてたちさりにける
鶴は千年龜は萬年もかはらぬ神の御惠つきせぬ春ぞ目出度き
終